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ボスフォラスの夜空に新月は輝く──『俺の妹がカリフなわけがない!』スピンオフ 中田考

前代未聞のカリフライトノベル『俺の妹がカリフなわけがない!』でラノベ作家として鮮烈なデビューを飾った中田考さん。早くもそのスピンオフ作品が出来上がりました。「アヤソフィア問題について、トルコの現エルドアン政権の新オスマン主義の文脈での唯一無二の解説」ともなっているこの作品。「俺カリ」を読まれた方も、未読の方もぜひお楽しみください。

1.プロローグ 

「先生、今日のバクラバはなんだかいつものより美味しい気がしますね」
 俺は就職した──と言えるのかよく分らないが愛紗が起業したカリフ・ブライダル社の取締役になった──後も日曜に片道三時間かけて君府学院に通い白岩先生のアラビア語の授業を受けている。
「ほぅ、垂葉君も、ようやくバクラバの味が分かるようになりましたか。大人になったものです」
 頭がキーンとなるような甘さに馴れるのを「大人になる」とは日本では絶対言わない、なんて突っ込みはもう心の中でも入れない。
なんだかんだで白岩先生の研究室で最初にバクラバをいただいてからもう7年になるのだから。
「あっ、やっぱり味違いますよね」
「そりゃあ大統領府がカラキョイギュルに注文した特製品だからね」
「大統領府が注文? カラ・・・ギョル?? いったいなんのことですか!?」
「舌は大人になっても、相変わらず脳には進歩がないようですねぇ。愛紗君ならこれだけ言えば察してくれるだろうに」
 白岩先生が心底残念そうに溜息をつく。双子ながらグローバルエリート養成校の君府学園プラチナクラス成績トップだった愛紗が最下位のブロンズクラスだった俺より賢いのは認めよう。しかし、どんなに頭がよくたって、今の先生の言葉からいったい何を察することができるっていうんだ!?
不満そうな俺の顔を見て。やれやれ、という顔をして先生が言う。
「今朝、イスタンブールで一番のバクラバ屋から持って帰ったばかりの大統領府の特注品だから美味しくて当然という話です」
「えっ、今朝トルコから持ち帰ったって?先生トルコ行ってたんですか?っていうかトルコってめちゃくちゃコロナ流行ってて行けないんじゃなかったでしたっけ?」
「それは昔の話です。今では感染者数はトルコは日本とかわりません」
「でも飛行機が飛んでないのでは」
「トルコ航空は週二便運航を再開しています。まぁ私は某国の特別機で行ってきたので関係ありませんがね」
「特別機って、先生、まさかカルロスゴーンのような犯罪に手を染めたのでは...」
「君はこの7年私の許で何を学んできたのですか?愛紗君にアメーバにも劣る愚鈍と言われるのも無理はない...」
頭がよくないのは俺自身がいちばんよく分っているけれど、アメーバ以下とまで言われるようなことを言ったか、俺は今?!
「人は生まれながらにして好きなところに行く自由があり、誰に断ることなくどこにでも行ってよいのです。むしろ自由な人間を国境で力づくで拘束することこそ犯罪なのです」
そうだ、そういえば白岩先生は領域国民国家を認めない国境廃絶論者だった。
「じゃあ、やっぱり先生密入国を」
「そうは言っていません。某国の特別機だと言ったでしょう」
「偽名のパスポート使ったり楽器ケースに隠れて貨物機に乗せられたりじゃないんですね?」
「違います。某国の王室専用機で、快適な旅をさせてもらいました」
「えっ、先生ってそんなセレブだったんですか?!」
「いえ、私自身は見ての通りの貧乏高校教師ですが、持つべきものは友だ、ということです」
「じゃあ、セレブのご友人がいて特別機でトルコに行ってきたと?」
「ええ、木曜に日本を経って土曜の夜にイスタンブールを出て今朝戻りました」
「先生にいきなりトルコ行きの特別機を用意したセレブのご友人ていったい誰で、何をしに行ってきたんですか?!」
「ここまで言ってもまだ分かりませんか?私が今まで教えたことを思い出してみてください」
いや、何も意味あること言っていないし、この7年で先生が教えてくれたことってアラブ古典文法学とクルアーン釈義学ぐらいですよ、と口から出かかった言葉を俺は飲み込んだ。
俺が答えるのを待っている風情で白岩先生は暫く黙っていたが、いつまでも俺が何も言わないのを見ると、諦めたように言った。
「慈覇土君ですよ」
「慈覇土、って... まさか君府学院で先生の同級生だったっていいう俺たちの伯父さんのことですか?!」

2.天馬慈覇土

「少し考えればわかることでしょう」
「いや、わかりませんて。先生、慈覇土おじさんと連絡あったんですか?!っていうか、生きてたんですが、行方不明だったんじゃないんですか?!」
「長いこと連絡がなかったのは確かです。しかしまぁ、狭い世界ですから、その気になればいつでも連絡はつけられたんですがね」
「確か、慈覇土おじさんて、この学校を占拠してイスラーム革命政府を作ったとかいうメチャクチャ危ない人だったんですよね。狭い世界って、どんな世界なんですか?!
「あれは楽しかったね。君たちはもう知らないでしょうけれど、あの頃は普通にみんながしていたことです」
「いや、それ嘘でしょう。むかし日本でも学生運動ってのが流行ったことがあったのは俺だって知ってますけど、イスラーム革命政府を作った高校なんて他に聞いたことないですよ!」
「教科書や新聞に書かれていることだけが世界の全てだと思ってはいけません」
「いや、そういうなんだか深そうな話じゃないでしょう。誰でも知ってることですよ。いや、それで狭い世界って、どんなヤバい裏社会なんですか?」
「君が想像しているようなものではありません。ただのイスラーム学徒のネットワークです。」
「イスラーム学徒って、そんなヤバい奴らばっかりなんですか?」
「慈覇土君が『ヤバい』かどうかは別として、君はネットワークというものの性質が何もわかっていませんね」
「えーっと... なんかカルトみたいなもんじゃないんですか?」
「メディアだけでなく、自称社会科学者たちによる主観的な定義の『カルト』概念の乱用は嘆かわしい限りです。まぁ『カルト』概念の乱用は垂葉君の責任ではないし、その話は始めると長くなるのでおいておくとしても、全然違います」
「イスラーム学徒のネットワークって、革命起こして海外に逃げて行方をくらますような怪しい人たちの集団じゃないんですよね?」
「ネットワークは、カルトともアソシエーションともコミュニティとも違います。集団ではないのです。ネットワークは緩やかな人の繋がりでしかありません」
「でも類は友を呼ぶ、って言うじゃないですか。先生と慈覇土さんみたいな怪しい人たちの集まりって...」
「根本的な誤解があるようです。ネットワークの繋がりは一般に点と点の繋がりで全体に共通する属性はありません。イスラーム学徒のネットワークではイスラームの学びだけが紐帯となります」
「でも、先生はイスラーム学の学者さんですが、慈覇土叔父さんは革命家で学者じゃないんじゃないですか」
「学問のあり方はいろいろです。知行合一で実践を重視する陽明学が革命の原動力になったことは垂葉君でも知っているでしょう。」
「...知りません...」
「明治維新は陽明学から革命の理念を学んだ吉田松陰の影響なしにはありえませんでした。日本人ならこれぐらいは教養というものです」
「高卒のしがないマリコンにそんな教養を求められても...」
「マリコン?」
「マリッジコンサルタント、結婚相談所のことです。これぐらい現代日本人の教養ですよ」
 珍しく一本取った、とちょっと得意げな俺を無視して白岩先生は言葉を続ける。
「学問と教養も学歴とは無関係です。大切なのは自分の無知を自覚し常に学び続ける姿勢です。もっともこの国は学部卒程度で大臣や外交官になれる『先進国』には稀な低学歴社会ですが。
 垂葉君の曾祖父にあたる真人校祖も、内藤湖南に陽明学を学んでいたからこそ、カリフ制樹立のために学校を作る、なんて吉田松陰のようなことを思いついたのでしょう。だから君府学院でイスラームを学びイスラーム革命運動に身を投じた慈覇土君もイスラーム学徒のネットワークの一環と言えます」
「それで先生もその怪しいネットワークの末端につながっているんですか?」
「違います」
「ああ良かった。危ない、危ない」
「垂葉君、何を勘違いしているのですか?」
「はい?」
「末端は垂葉君です」
「えっ?」
「私はネットワークのハブの一つです」
「えぇ~っ?!なんですかそれは」
 俺、イスラーム学徒だったの?しかも末端??
「先生、ネットワークのハブだったんですか?!」
「君のような陽明学の何たるかも知らないイスラーム学徒の面汚しとまで繋がっているのですよ。これをハブと呼ばずして何をハブと呼ぶのですか?」
 なんだか「ハブ」のイメージと違うけど...って言うか、陽明学を知らなかっただけで「面汚し」とまで言われなきゃならないのか、俺?!
 いや、そんなことよりいつの間に俺ってイスラーム学徒のネットワークに入ってたの?
「大学でイスラム学を専攻してた先生と違ってただの高卒のマリコンの僕でもイスラーム学徒なんですか?」
「学徒と学歴の間には関係はない、と言ったはずです。東大のイスラム学科の出身者でもイスラーム学徒でない者はいくらでもいます。というか、大半は違います」
「そういえば父さんもイスラム学科出身でしたね」
「あぁ、夢眠君は学徒の面汚しの君に輪をかけて出来が悪かったね。結局、彼は学徒にすらなれなかった...」
「学徒かそうじゃないか、ってどこで分かれるんですか?」
「志向性の問題です。心を神のために向ける者、それが学徒です」
「神様のために勉強している気はないんですけど…」
俺はおそるおそる言ってみる。
「神と言っても真理と言っても同じことです。『アルイラ―フ(神)』も『アルハック(真理)』もアッラーの御名の一つに過ぎません」
「真理のために学んでいる… そんな大仰なものでもないような気がしますが...」
「自分の心を自分で分かっていると思うのはとんでもない錯覚です。学徒の面汚しの垂葉君如きに自分が学徒かどうかなど分かるはずがありません」
「先生...それ褒めてくれてるんですか、ただディスってるだけですか?」
「君はこれ以上に何か言って欲しいんですか?」
「いえ、もう十分です... それより、僕もその怪しいネットワークの一員だと、世間から危険人物だと思われるんじゃないですか」
「イスラーム学徒はスペクトラムです。上は国家元首から、裁判官、大学教授、武装ゲリラもいれば、下は私のようなしがない高校教師もいます。更にその下にいるのが垂葉君です」
「いや、いちいち僕へのディスは入れなくていいですから。要するにイスラーム学徒だからみんながみんな危険だ、ってことにはならないんですよね?」
「はぁ~」白岩先生が深く溜息をつく。
「垂葉君、本当に君はこの7年間いったい何を学んできたんですか。潜勢態と現実態の区別もつかないとは」
「センセイタイ…ゲンジツタイ…?」

3.危険

「センセイタイ(潜勢態)はアラビア語でビルクウワ、ゲンジツタイ(現実態)はビルフィウル。ギリシャ哲学からの翻訳語で、もともとはアリストテレス哲学の基本概念の一つです。」
「え~っと、そんな言葉習いましたっけ」
「アリストテレスの用語では潜勢態はデュナミス、現実態はエネルゲイアといいます。デュナミスは可能性が実現する以前の状態を指し、エネルゲイアは実現した状態を指します。彼の自然学では、花は種子の中に含まれていた可能性が実現したもので、種子は花の潜勢態であり、花は種子の現実態です」
 アラビア語を始めて1週間ほどでいきなりクルアーンのアラビア語原典を読まされて以来、この7年で訳のわからない難解な古典を沢山読まされてきたけどそんな話は聞いた覚えがない。そこで白岩先生に恐る恐る尋ねてみる。
「アリストテレスの哲学のアラビア語訳なんて読みましたっけ?」
「イスラーム学徒にそんなもの読ませるわけないじゃないですか」
 と白岩先生と涼しい顔で言い放つ。
 って、読んでへんのかい!
 俺はおもわず大阪弁で脳内突っ込みをいれた。
「読んでないなら知らなくて当然じゃないですか!」
 俺は一応不満を述べてみる。
「デュナミスは『ビルクウワ』、エネルゲイアは『ビルフィウル』と訳されアラビア語の語彙に取り込まれている、と言ったでしょう。潜勢態(ビルクウワ)、現実態(ビルフィウル)は哲学の専門用語ではありません。イスラーム神学やイスラーム法学だけでなく、ムスリム教養人の会話にも普通に出てくる日常語です」
「え~と、それでセンセイタイとかゲンジツタイとかいう話と、イスラーム学徒がみんな危険じゃない、と言った僕がディスられるのとどう関係するんですか?」
「垂葉君は『危険』という言葉をどういう意味で使っているんですか」
「えーっと、危ないこと...?」
「そんなことは分かっています!」
「…ヤバい奴...」
「スラングに言い替えればいいというものではありません」
「なんか悪いことをやるかもしれない怖い奴...」
「幼稚な物言いですが、まぁ本質は押さえているのでよいとしましょう」
「当たりですか?」
「はぁ~」
白岩先生は深いため息をつき、話を続ける。
「『悪い』というのがモノの客観的性質ではなくて、それを見る者の価値基準次第だということはもう分かりますよね。『怖い』となると、これはもう主観以外のなんでもないですね」
「はい...それはなんとなくわかります」
「それはともかく」
えっ、また話が変るんですか?!
「ここで問題なのは『~かもしれない』という言葉です。イスラーム神学の論証が基づく3つのカテゴリーは覚えていますね」
「え~っと、『ワージブ』、『ムムキン』、『ムムタニウ』でしたっけ」
「そうです。存在が必然的であるワージブ、有ることも無いことも可能なムムキン、有り得ないムムタニウですね」
「そうです。イスラーム学は、必ず存在し無が有り得ないもの、必然的に存在するもの『ワージブ・ウジュード』は万物の存在根拠であるアッラーだけだとします。それ以外の世界に存在する全てのものは存在することもしないこともある可能存在『ムムキン・ウジュード』となります。
「僕なんか可能存在だから、あってもなくてもよい、ということですね」
「アメーバにも劣る愚物だからいない方がよい、というわけではないのです。良かったですね、垂葉君」
「誰もそんなこと言っていません」
「心の声が聞こえた気がしましたが、気のせいでしたか。世界に存在するものは全て全知全能の神の知の中で潜勢態にある可能存在が御神慮により現実態を取って一時【いっとき】この世に現れたものです」
なんだかやっとゲンセイタイの話につながった…のかな?
「だから垂葉君が今ここにアメーバにも劣る愚物として存在しているのも御神慮の賜物だということです」
「先生、『アメーバにも劣る愚物』って枕詞つけないと僕の名前を口に出来ないんですか?!」
「信じられないかもしれませんが、垂葉君にも双子の妹の才色兼備の愛紗君と同じ遺伝子による可能性が潜勢態として存在しています。御神慮があればそれが現実態になる日が来るかもしれません」
「先生、何が言いたいんですか?」
「失敬、垂葉君を見ていると、ついつい蝶になれなかった芋虫、蛙になれなかったオタマジャクシ、人魚になれなかった『なりそこない』とかを思い出してしまって」
「何気にマニアックな漫画のキャラを混ぜないでください!」
「まぁ、才色兼備の愛紗君には潜勢態としても存在しないために現実態となることができず、それゆえ垂葉君が問われている可能性もまた存在するのですが、話が逸れました。インシャーアッラー、時が充ちれば語ることもあるでしょう」
 一応、話が逸れたって、自覚はあるんだ。って言うか、そもそも最初に何の話をしていたのか、もう俺には思い出せないぞ!
「話を元に戻しましょう。つまり潜勢態にあるとは、可能性があっても神慮によって他の条件が整っていないため現実態になっていない、ということです」
「えーっと、それどこに戻ってるんですか」
「『危険』の話です!」
 なんだか、遠い昔にバクラバの話をしていたような気がするんだけど、あれは夢だったのかしら。
「垂葉君は『危険』とは『悪いことをやるかもしれない』ことと言いましたね。つまり『危険』とは『悪の可能性の潜勢態』だということです」
「『悪の可能性の潜勢態』ってすご~く邪悪な響きですねぇ」
「そんなことだから『アメーバにも劣る愚物』とみんなから嘲笑れるのです!」
「いや、そんな呼び方するの愛紗と先生だけですって」
「印象に惑わされず、先入観にも欺かれず、厳密に真実を直視する。それが古典講読の意味です」
 そうだったんですか?
「『潜勢態である』の本義は『現実態』ではないことです。つまり『存在していない』ということです。『種』は『花』でなく、『芋虫』は『蝶』ではなく、『なりそこない』は『人魚』ではないのです。それが直視すべき真実でなのです」
「『なりそこない』が『人魚』ではないのが真実」と熱弁をふるわれても、と返事に困っている俺のことなど気にも留めず、白岩先生は話し続ける。
「つまり『危険』というのは『今そこで現実に悪を行っていないモノ』に対して、『存在しない』悪の幻像を召喚し投影して畏れさせる印象操作なのです」
「印象操作って、なんのためにそんな...」
「印象操作、と言いましたが、それは『危険』を口にする人間が意図的に嘘をついているということではありません。問題は構造的であり、実際に『危険』を口にする者は、ただ『体制』に洗脳されて何も考えずに鸚鵡返しに決まり文句を口にしているだけです」
「『体制』に洗脳されるって、どういうことですか」
「『悪』が価値基準に相対的なものであることは垂葉君も分かっていましたね。どの社会でも善悪の基準は『体制』、つまり支配階級の利益に都合よく決められています。支配される庶民も大半はその価値観を内面化しているものです」
 古典学者というよりはマルクス主義者の言葉に聞こえるけど、イスラーム革命起こして高校占拠した慈覇土伯父さんの親友なら頷ける、って、やっぱりヤバい奴じゃん。という俺の心の声など気にかけるわけもなく、白岩先生は独りで話し続ける。
「だから体制にとっては危険であるものが、別の者にとっては救いである、時によってはたった一つの希望、夢であったりもするのです」

4.ダモクレスの剣

「慈覇土伯父さんもそう思って革命を起こしたんですね。先生も同級生で親友だったんだから、伯父さんのイスラーム革命に夢を託して一緒に立て籠もってたんですね!」
「親友どころか友だちの一人もいない垂葉君には分からないのでしょうが、親友というのはそういうベタベタした関係ではありません。『あいつら相変わらずバカやっている』、と慈覇土君たちを横目に見ながら、学校が休校になったのをこれ幸いとずっと家で本を読んでいましたね。」
「夢も希望もない鬼畜な回想ですね...」
「学生運動など、そんなものです。最近では、当時の学生運動の研究がポツポツ出版されたりしているけど、だいたい運動にかかわっていた連中は女にモテるために恰好をつけて自分でも分かってもいない流行り言葉を適当に口にしていただけだったからね」
「いや、それは先生の偏見じゃないですか。伯父さんも女にモテるためにイスラーム革命やってたんですか?!」
「人間の心の中は神のみぞ知る、です。まぁ、当時の君府学院は男子校だったので、女にモテるためじゃなかったかもしれませんね。学外から愛人を連れ込んでいた剛の者もいましたが、慈覇土君にはそんな甲斐性はありませんでしたから。まぁ、一般論です」
「じゃあ先生はイスラーム革命には共感していなかったのですね」
「共感、などというフワフワした気分で行動するバカどもの革命など成功するはずもありません」
「バカども、ってひどい」
「まぁ、高校生なんてみんなバカですから言わずもがなではありますが」
「身も蓋もありませんね...」
「まぁ、案の定、慈覇土君の革命は失敗しましたが、私は理性的に行動し、イスラーム研究を志し、私のために創られた東大イスラム学科に進学したわけです」
「東大イスラム学科って、先生のために作られたんですか?」
「時の徴を読む者には明らかなことです」
 そうだった。この先生はそういう人だった...
「彼と会ったのは、彼が国外逃亡する前に天馬家の伝承を聞かされたのが最後で、それ以後ずっと連絡がなかったんだけどね」
「それでも怪しいイスラーム学徒のネットワークのおかげでお互いの近況は知っていたんですね」
「だいたいのところは噂で耳に入っていたね」
「それで何時じっさいに連絡を取ったんですか」
「あの演劇部のアフガニスタン夏合宿の時ですよ」
「えっ、でもあの時は先生そんなこと一言も言ってくれなかったじゃないですか」
「そりゃあリヴァイアサンの監視の目があったからね」
「リヴァイアサンの監視の目?」
「アフガニスタンにいる間ずっとリヴァイアサングループの子会社の民間軍事会社『ブラウンウォーター』に護衛されてたでしょう?」
「そういえばずっと護衛がついてましたね。在カブールの日本大使館からも『危ないから護衛をつけろ』と言われていたので、そんなものだろうと思って特に気にもせずにいましたが」
「アメリカのアフガニスタンでの諜報能力はお粗末なので、35年ぶりに慈覇土君に頼んで愛紗さんを密かに見守ってもらっていたのです」
「慈覇土伯父さんてアフガニスタンにいるんですか!?」
「アフガニスタンにいたのは2001年までだそうです。あの時は北キプロスにいたんですが、昔のよしみでタリバンやヒズビ・イスラーミーの旧友たちに愛紗さんを守ってくれるように頼むためにアフガニスタンに戻ってもらったんです」
「2001年って確か9・11があった年ですよね?そんな時にアフガニスタンにいたって、めちゃめちゃ怪しいじゃないですか!?」
「9・11はスペクタクルでしたね。その後の米軍のアフガニスタン空爆も派手でしたから、あの当時インスタグラムがあれば慈覇土君もきっと人気インスタグラマーになってたでしょうね」
「そんな話はしていません!そんな怪しい人と繋がっていると思われたら、ぼくたちまでCIAの監視リストに入れられちゃうんじゃないんですか?」
「いいえ、そんなことはありません」
「ああよかった。本当に大丈夫なんですね?」
「ええ、私たちの担当はCIAではなくDIA、Defense Intelligence Agency、アメリカ国防情報局 ですから」
「D,D,DIAって何ですか?!よく知りませんけど、米軍の諜報機関って、メチャクチャやばそうじゃないですか!俺たち、普通に逮捕できなくて戦争起こさなきゃ排除できないレベルの危険って思われてるんですか?」
「高卒のマリコンには普通は縁がない世界だから知らなくても仕方かもしれないね」
 先生にしては珍しく俺が知らなくても仕方ないと認めてくれた、と喜んでいる場合じゃない。
「俺もいつの間にかその怪しいネットワークのメンバーにされて、そんな危ない奴らに狙われてるんですか?!」
「高卒のマリコンの垂葉君には分かりにくいかもしれませんが、軍事組織というものは案外無害なものなんですよ」
「先生、いちいち『高卒のマリコン』と言うの止めてもらえると嬉しいんですが。それアカハラですよ」
「そうなんですか、君がそう名乗ったから、そう呼んでほしいのだと思ったのですが?」
別に名乗ったわけじゃなかったんだけど...
「軍事組織が無害って、結局は戦争が仕事の人たちでしょう?」
「民間人はそう思いがちですが、近代国家においては軍もまた官僚組織、軍人も法律に則ってルーティンワークをこなす役人に過ぎません。軍がミサイルを発射するのは警察官が発砲するよりもずっと難しいのです」
「でも在日米軍って、沖縄とかでけっこう、殺人とか強姦とか事件起こしてませんでしたって」
「官僚組織としての軍が正式な命令に則って行う作戦行動と、軍人が私人として軍紀を破って行う犯罪は区別しなくてはなりません。それは在日米軍に限らず古今東西を問わず軍隊にはつきものの悪弊です」
「じゃあ、心配しなくてもよいのですね?」
「ええ、いくら米軍でも他国での軍事行動には慎重ですから。愛紗君がカリフになった時も、リヴァイアサンとオバマ政権内のリベラルホークが戦略核で君府学院を攻撃するように進言しましたが、DIAは反対したので結局実行はされませんでしたからね」
「学校を戦略核で攻撃?!嘘ですよね?!」
「だから進言されただけで実行はされなかったんですよ」
「って、言うか。なんでそんなこと知ってるんですか?!」
「風の噂、というやつですかね」
「そんなわけないでしょう!例の怪しいイスラーム学徒のネットワークってやつですか?」
「まぁ、そんなものと思っておいて下さい。だから何も心配することはないんです」
「いや、心配ですって!」
「人間はみな、気付いていないだけでダモクレスの剣の下で生きているのです」
「ダモクレスの剣って何でしたっけ?」
 俺は恐る恐る尋ねてみる。
「古代ギリシャの物語に由来する有名な言葉です」
「ああ、エクスカリバーみたいな話なんですね」
「映画やゲームに取り上げられている話は知っているのですね」
「今どきの若者にもそういう話を知ってて欲しいなら、映画やゲームが無理でもせめてラノベでも書いて登場させることですね」
「昔ギリシャのシラクサにディオニシオスという王様がいました。ある時臣下のダモクレスが自分の権力を羨んだので、王は彼を自分の王座に座らせました。ダモクレスがふと天井を見上げると自分の頭上に髪の毛1本で剣が吊り下がっているのをみつけ、王の座が常に危険と隣合わせだと悟ったという故事です」
「ダモクレスの刃って王様の話で、僕みたいな一般人には関係ないじゃないですか!」
「話は最後まで聞くものです。このダモクレスの剣が有名になるのはケネディが引用したからです」
「えーっと、ケネディって... ギリシャの哲学者かなんかですか?」
「アメリカ大統領です!垂葉君、ひょっとしてキューバ危機も知らないとか」
「キューバ危機?それっていつの話ですか?」
「1962年にソ連がキューバに核ミサイル基地を建設したのに対してアメリカがキューバの海上封鎖を実施し、核戦争寸前にまで至った事件です。その時のアメリカの大統領がケネディです」
「ソ連て言われても、僕が生れる遥か前に滅亡してますからあんまりリアリティが...」
「そのケネディがその前年の1961年に国連で『地球の全住人老若男女あらゆる人が核というダモクレスの剣の下で暮らしている』と核兵器をダモクレスの剣に譬えてキューバ危機を予言するような演説をしていたのです」
「ソ連て、ヤバい国だったんですね」
「ソ連の継承国家が今のロシア連邦ですが、今のロシアも当時のソ連と同じかそれ以上に危険な国です」
「確かにプーチンとかヤバそうですよね」
「この核兵器の時代、地球上の全人類がダモクレスの剣の下で暮らしているのです。だから私たちがアメリカの戦略核兵器の標的でも少しも不思議はないのです」
「いや、それはぜんぜん話が違うでしょう?!アメリカの戦略核に狙われた、なんて話、今まで誰からも聞いたことありませんよ」
「垂葉君だって、つい先ほどまで思ってもみなかったでしょう」
「そりゃそうです」
「自分の頭上につり下がっているのに気付かない、それがダモクレスの剣の真義というものです。
クルアーンにも『あなたがたがどこにいようとも、たとえ堅固な城塞にいようとも、死は必ずあなたを捉える』(4章78節)とあります。サダカッラーフルアズィーム。アッラーは真実を語られます。ダモクレスの剣はいつも私たちの頭の上にあるのです」
俺は思わず先生の研究室の天井を見上げる。
「心配しなくても天井に剣など吊り下がってはいません」
「そりゃそうですよね」
「DIAやリヴァイアサンの監視カメラが43か所ほどありますが」
「監視カメラ43個って。めっちゃ危ないじゃないですか!ひょっとしてこの会話も録画されてるんですか」
「数えた限りで43個だけれど心配ありません。良く調べたけれど、監視カメラには戦術核爆弾とかは仕掛けられていなかったから危くはありません」
「危ないって、そういう意味じゃありません!」
「垂葉君の話すことに知られて恥ずかしいことは山程あっても知られて危険なことなど一つもありません」
「バカで恥ずかしい話しかできなくて悪かったですね!僕との話とかはともかく、慈覇土伯父さんとのやりとりなどもみんんな監視カメラでDIAだとかリヴァイアサンだとかに筒抜けなんですが?」
「遠隔通信とかは隠しカメラより電子機器のハッキングによって監視されていますのでメールやSNSなどは使いません」
「じゃあどうやって?」
「慈覇土君とのやりとりは、彼らにも追跡できないシステムを使っています」
「監視カメラでも追跡できないって、どういうハイテクなシステムなんですか?」
「天馬学院が誇る遺伝子改造隠密伝書ハダカデバネズミです」
遺伝子改造...?隠密...?伝書...?ハダカデバネズミ…?!なんだそれは?!
「天馬学院が誇るって、伝書ハダカデバネズミなんて怪げな生き物の話、一度も聞いたこともありませんよ?」
「だから、『隠密』だと言っているでしょう」
「...」
「まぁ、もともとはDr.ワダが僕たち二人だけの秘密の伝言遊び用におふざけで発明したものなんですがね」
 そういえば、いろいろ変な噂があり「マッドサイエンティスト」の異名を取って生徒だけじゃなく他の先生方からも敬遠されている校医のDr.ワダはこの君府学院の出身で白岩先生の同級生だった。
「いったい、その『遺伝子改造隠密伝書ハダカデバネズミ』って何物なんですか?」

5.トルコ珈琲

「世の中には知らない方が良いこともあります。今日は思わず余計な長話をしてしまいましたね。少し休憩しましょう。せっかくの美味しい新鮮なバクラバです。もう一つ御馳走しますよ。気が付いていましたか、今日の珈琲がアラビア珈琲でないことに?」
「そういえば色も味も全然違いますね」
「これはトルコ珈琲です。もっとも現地では普通はたっぷり砂糖を入れて飲むのが普通ですが、これは『シェケルシズ』あるいは『サーデ』と呼ばれる無糖の飲み方です」
「この苦い珈琲、甘いバクラバには合ってますよね」
「感想はそれだけですか... はぁ~」
トルコ珈琲を苦そうに啜りながら、白岩先生は深い深い溜息をつく。
「すみません...」
なんだかわからないが、先生に溜息をつかれると、取りあえず謝らなきゃいけないような気になる。
「アラビア珈琲よりカルダモンの量が少ないみたい、とか言えば...」
 アラビア珈琲は珈琲豆を炒ったものを砕いてカルダモンなどの香料を入れてダッラと呼ばれる薬缶で煮出したもの。色は緑色、香りはオリエンタル、味は漢方薬の煎じ薬みたいで、初めて目の前に出された日本人は絶対に珈琲だとは思わない代物だ。はっきり言って不味い。
 しかしずーっと飲まされ続けるとなんとなく癖になる味でもある。先生のことだからDr.和田に調合してもらった怪しげな脱法ハーブでも混ぜているのかもしれない、とか思わないでもない。でも飲まされ続けて7年経った今も別に体調に異常はないので、まぁいいんだけどね。
 それに対して今日出されたトルコ珈琲はカルダモンなどの香りこそするけど、味と見かけはエスプレッソのような濃厚な珈琲そのものだ。ただ飲んだ後でデミカップの底に粉が沈むので西洋の珈琲とはやはり全然別物ではある。中東では残った粉をソーサーに移してその模様で占いをする、というトリビアは後になって聞いた話だ。
「はぁぁ~~~」
 バクラワの最後の一切れを口に入れ、苦いトルコ珈琲を飲み干しながら白岩先生がまた深く溜息をつく。
「珈琲の話をしているのではありません。私が何のためにトルコに行ってきたか、という話をしているのです」
 そんな作者も忘れていたような伏線、もう誰も覚えていないと思うぞ...
「アラビア珈琲からトルコ珈琲へ。時代はアラブからトルコに移った、ということです」
「えっ、何ですか?!そのいきなりの論理の飛躍は!」
「君はこの7年間、いったい何を学んできたのですか。何度同じセリフを言わせるのですか。最初に会った時に行ったはずです。アラビア語を学ぶ目的は『時の徴』を読み解くためだと」
 微妙に違う気がするけれど、初対面でいきなり「私は時の徴を読み解く者」という中二病全開の自己紹介をされて、そのまま背を向けて逃げ帰ろうかと思ったのだけは覚えている。あの時、あのまま逃げ帰っていれば、俺も普通にFラン大学に進学し、小さな会社にでも就職していたんだろうか…
 いや、俺が未だにカリフを名乗っている愛紗の兄である限り、白岩先生に関わらなくても普通の生活は送れていなかったことだけは確かそうだ。
「君もTwitterぐらいはやっていましたよね。最近TLでトルコ関係の話題に何か気がつきませんでしたか?」
 カリフが現れるというホラーサーンは現在のアフガニスタンとイランだ。だからアフガニスタンとイランのニュースはそれなりに追っている。それに自称カリフが現れた「イスラーム国」が活動するシリア、イラクのニュースにも一応目を通すようにしている。それじゃ足りないのか?!トルコのニュースまで読まなきゃいけないのか?!
「木曜に日本を発ったと言えば普通は分かるでしょう。金曜の集合礼拝に参列してきたのです。どうして私が2020年7月24日の金曜集合礼拝に出るために自家用ジェットでトルコに招待されなければならないのか。ここまで言えば、誰でも理由は一つしかない思い浮かばないでしょう」
「そういえば、キリスト教では日曜日が休みだけど、ユダヤ教では土曜日、イスラーム教では金曜がお休みだと聞いた気がします。金曜集合礼拝って、キリスト教のミサみたいなもので、それに招かれたんですね」
「違います」
「あぁ~。やっぱり違ってるんですね」
「実際ムスリム諸国でも金曜を休日にしている国もあるしそういう間違った説明を平気で書いているガイドブックなどもあるので垂葉君が間違えても仕方ないかもしれません。キリスト教、ユダヤ教で日曜、土曜が休日なのは、神が6日で天地を創造し7日目に休まれたとの創世記の話に基づきます」
「クルアーンには書いてないんですか」
 アラビア語の文法を一通り習った時、クルアーンを読んでみたことはある。といっても初級文法を習っただけの俺のアラビア語ではとても歯が立たなかったのですぐ挫折した。それでも日本語の翻訳だけでも、と思って翻訳だけは一応は通読したんだ。これでも。
 でも話に脈絡がなくて、全然頭に入らなかった。なんとなく、神さまが天地を7日で作った話や、アダムとイブの話はあったような気がするけど、恥ずかしながら詳しいことはさっぱり覚えていない。
「クルアーンは創造神は全能で疲れることはない、と教えています。だから神の休息にならって休息する、という安息日という考え方もありません。むしろ金曜日も、集合礼拝が終ったら、散会して仕事に行け、と書いてあるぐらいです」
「ずいぶんドライな宗教ですねぇ」
「まぁ、折角カラキョイギュルのバクラワがあるのだから、もう一杯トルコ珈琲を入れましょう」
 先生はいつものダッラではなく、初めて見る木の柄がついたひしゃくのような真鍮のケトルで珈琲をいれてくれる。後で聞いたところ「イブリク」というらしい。
 イブリクに細かく挽いた深煎りの珈琲豆を入れて火にかける。カルダモンを入れるのはアラビア珈琲と同じだ。弱火でスプーンでかき混ぜながらゆっくり煮出し沸騰して泡立つと火を止めて出来上がりだ。アラビア珈琲と違って初めて飲んでもそんなに違和感はない。
 いや、激甘のバクラワには苦いトルコ珈琲の方がアラビア珈琲よりもあう気がする。
「トルコ珈琲って苦いですね。でも甘いバクラワにはアラビア珈琲よりもあってる気がします」
「そう、アラビア珈琲は砂漠のテントでもともとナツメヤシの実を食べながらいただくものだからね。洗練された都市のオスマン帝国の宮廷料理バクラワにはやはりおしゃれな都市の飲み物トルコ珈琲です」
「トルコ珈琲っておしゃれな都市の飲み物だったんですか?!」
「フランス語の『カフェ』の語源はトルコ語の『カフヴェ(珈琲)』です。もともとはイスタンブールの社交の場『カフヴェハーネ(珈琲亭)』の文化が、イギリスやフランスに伝わって知識人のサロンになったのです。ヨーロッパの市民革命はトルコ珈琲から生れたのです」
 論理に飛躍があるような気がするけれど、先生から7年間かけて学んだことは、分からないことはスルーせよ、ということだ。時が熟せば知るべきことはおのずから明らかになる。なんて、私の気持ちになど頓着せず、先生は構わず話を続ける。
「まぁ、そういうわけだから、私も帰国前に、ヨーロッパの市民革命に思いを馳せながら、スルタン・エユップで一緒に礼拝した後でアブドルカーディル・イーサー先生の墓を詣でてから、慈覇土君とピエールロティのカフェでバクラワとトルコ珈琲をいただいたんですけどね」
 スルタン・エユップ、アブドルカーディル・イーサー、ピエールロテ、全部初耳でなんのことだか分からないけど、華麗にスルーする。
「垂葉君のような初心者は、スルタンアフメトのマドがお薦めです。といっても実はマドは珈琲よりもアイスクリームがうりの店なんです。だから外国人用にメニューに英語も併記されているし、バクラワにアイスクリームをかけて食べるのもおつなものです。アイスクリームもトルコのドンドルマではなくて洋風のアイスの方があいます。その方が東西の接点イスタンブールらしいでしょう。もっとも私は個人的にはバクラワにはカイマクを添えて食べるのが好きなんですがね」
「カイマクって、生クリームのことでしたね」
 やっと知っている単語が出てきた!ってそんな話をしてたんじゃない!
「あっ、それじゃ今回は慈覇土伯父さんに会ったんですね?!」
「かれこれ40年ぶりですね。あの頃は、私たちもちょうど今の垂葉君ぐらいの歳でしたねぇ。光陰矢の如しです」先生は遠い目をする。
「じゃあ、慈覇土伯父さんに会いにトルコまで行ってきたということですか?」
「君は今まで何を聞いていたんですか?他に用がなければ40年会わなかった人間に会うためにわざわざ王室の専用機でトルコに行ったりはしません」
「そりゃあ、そうですね。じゃあなんで先生は慈覇土伯父さんからトルコに招待されたんですか?」
「それをさきほどから垂葉君に質問しているんです」
白岩先生はまた深い溜息をつく。

6.モスクと金曜集合礼拝

「はぁ~。これだけヒントをだしても分かりませんか」
「ヒントって、トルコ珈琲の話しか聞いてませんから」
「キリスト教のミサのようなイスラームの金曜集合礼拝に出席するために行った、と垂葉君がバカな答えをしたのは覚えていますね?」
「『違います』の一言で全否定されましたけど」
「『違います』は必ずしも全否定とは限りません。まず、私がトルコに行った理由以前に、金曜集合礼拝の理解が間違っていたのがダメ出しの理由でした」
「えーっと、イスラームの金曜日は安息日じゃないって話でしたっけ」
「そうです。イスラームに安息日はありません。特に聖俗を分け、教会で日曜のミサの時間にだけ神のことを想う現代キリスト教の考え方はイスラーム理解の妨げになります。イスラームでは一日5回の礼拝が定められているのは知っていますね?」
「なんとなく…」
「最初は日没後のマグリブの礼拝、それから夕焼けが消えて暗くなってからのイシャーゥの礼拝、夜明け前のファジュルの礼拝、南中後の太陽が西に傾いてからのズフルの礼拝、午後の後半のアスルの礼拝の5回です。この5回の礼拝は全てモスクに集まって行うのが原則です」
「夜明け前とか夜中とかにもモスク行くんですか?!」
「まぁ、原則ですから皆が皆行くわけではありません。私もエジプトで暮らしていた時には夜明け前の礼拝は、野犬に襲われる危険があるのでモスクには行きませんでしたね」
「野犬って…」
「エジプトの野犬は狂犬病だったりするので気を付けた方がよいです。まぁ、私が留学していた30年前とは違って最近は野犬狩りでずいぶん減っているみたいですがね。その点、トルコは都市部は野犬もだいたい狂犬病の予防注射を受けているので安全です」
「野犬に予防注射してるんですか?!」
「注射済の犬は耳にタブがついているんですぐ分かります」
「危険なんだか安全なんだかよくわかりませんね」
「トルコの野犬はもともとが狼とでも戦う大型牧羊犬なので狂犬病でなくても怒らせると噛み殺されます」
「そんなのが街中をうろうろしているんですか!?」
「まぁ、大きくても性格は大人しく人懐こいので虐めたりちょっかいをかけないかぎり危険はありません。それより問題なのは犬は不浄なので犬に舐められると服が汚れてモスクに行っても礼拝ができなくなることです」
「噛み殺されるのより大きな問題なのですか、それ?!」
「モスクで礼拝する、というのはそれだけ重要だということです」
「イスラームでは金曜は安息日じゃなくて、金曜だけじゃなくて毎日5回みんなでモスクで集まって礼拝する、って話でしたっけ」
「ああ、そういえばそんな話をしていたんでしたね」
「あれ、じゃあなんで西洋で安息日と勘違いされるほど、金曜の集合礼拝が特別扱いされるんですか?」
「垂葉君は、金曜日をアラビア語でなんというか知っていますね」
「ヤウム・アル=ジュムアでしたっけ」
「そうです。ではどういう意味ですか?」
「どういう意味って『金曜日』では?」
「君は何年アラビア語を勉強しているんですか?『ヤウム・アル=ジュムア』を品詞に分解してみてください」
「えーっと、『ヤウム』は『日』で『アル』は定冠詞ですね。『ジュムア』は...え~っと、何でしたっけ?」
「少なくとも金【きん】、ザハブでない、『金の日』でないことは分かりますよね」
「はい、それぐらいは」
「アラビア語は語根の言葉です。語根さえ分かればたいていの場合意味は推測できます。ジュムアの語根はなんですか」
「ジュムアだから最後のアは女性名詞のターマルブータですね。だから語根はジームとミームとアインですね」
「その通りです。語根ジーム・ミーム・アインの基本的意味は何ですか」
「『集める』でしたっけ」
「そうです。『ジュムア』の文字通りの意味は『一纏【まと】め』です。しかし翻訳するには日本語の一週間という意味体系に移し替えないといけません。だから土曜日(ヤウムッサブト)の前日だから金曜日と訳すしかないわけですが、文字通りには『一纏めの日』になります」
「『一纏めの日』...なんのことだか分かりませんね。何を纏めるんだろう。そもそも一週間の曜日の一日だということさえ分かりませんね。」
「アラビア語でただ『アル=ジュムア』と言った場合、『ヤウム・アル・ジュムア』、金曜日を指す場合と、もう一つあります。分かりますか。まぁ。分からないでしょうね」
 先生は一人で勝手に話を進める。
「サラー・アル=ジュムアです」
「『サラー』は知っていますね?」
「礼拝、ですよね?」
「そうです。だから『サラー・アル=ジュムア』は『ジュムアの礼拝』、文字通りには『一纏めの礼拝』、これがさきほど『金曜集合礼拝」と訳したアラビア語の原語なのです』
「一纏め...集合... 人間を集める、ってことですね」
「そんなところです。サラー・アル=ジュムアは人々を纏めて集める礼拝のことです。イスラームは、7日で1週間という日の纏め方自体はキリスト教と共通で、イスラームで人々を集めて礼拝する日がキリスト教の金曜日になるわけです。そしてキリスト教の暦法が日本でも使われているので、日本語ではサラー・アル=ジュムアを仮に『金曜集合礼拝』と訳しているのです。」
「あぁ、なるほど。あれ、でもイスラームでは金曜だけじゃなくて、毎日5回モスクに集まって礼拝するんじゃなかったでしたっけ」
「良いところに気が付きましたね。正解に少し近づきましたよ」
「正解…って、先生がなんでトルコに行ったか、って話でしたっけ」
「そうです。金曜集合礼拝はアラビア語で『サラー・アル=ジュムア』と言うんでしたね。では一日五回、モスクで集まって行う礼拝はなんというか知っていますか」
「すいません、覚えていません」
「『サラー・アル=ジャマーア』といいます」
「『ジャマーア』...? 『ジュムア』と似てますね。同じ語根のジーム・ミーム・アインから派生してるんですよね。『ジャマーア』って、確か『グループ』『集団』の意味でしたね」
「そうです。『モスクで集まって行う礼拝』といいましたけれど、正確には違います。モスクでなくても、どこで行おうとも二人以上でする礼拝は全て『サラー・アル=ジャマーア』です。まぁ、そもそも『モスク』といってももともとのアラビア語では『マスジド』で『跪拝』の意味の語根からスィーン・ジーム・ダールか派生した場所を示す名詞『跪拝する場所』というだけの意味ですから、特定の建物、宗教施設である必要はなく、礼拝する場所は全てモスクとも言えるんですがね」
 近づいているのか、この話、正解に?俺の疑問になど気付きもせず先生は話を続ける。
「サラー・アル=ジュムアとサラー・アル=ジャマーア、どちらも同じ『集める』とか『纏める』といった意味を持つ語根ジーム・ミーム・アインから派生していますので、人々が集まって行う礼拝だということまではアラビア語の基本的な知識で推測できますが、それ以上に知りたいと思えばイスラーム法学の知識が必要です」
 別に知りたいと思わないんだけど、先生がこういうモードに入った時は止めても無駄なのは7年の付き合いで俺にも分かる。
「サラー・アル=ジャマーアは、一人をイマーム、つまり先導者に立て二人以上で行う礼拝全てを指しますが、サラー・アル=ジュムアは特に金曜のズフルの4ラクアの礼拝の代りに行う2ラクアの礼拝で、減らされた2ラクアの代りに2回の説教が定められています」
「ラクアって何ですか?って言うか、代りに2回の説教って、普段の礼拝には説教はないんですか?」
「垂葉君も、イスラームの礼拝の映像はテレビで見たことぐらいあるでしょう?」
「立ったり座ったり土下座したりするやつですね」
「まぁ、そんなものです。その決まった動作のセットの単位が『ラクア』です。サラーはこのいくつかのラクアを基本とする決まった動作と祈祷句の組合せです。一日5回の日課の礼拝はこの決まった動作と祈祷句を行うだけで説教はありません。その意味では日課の礼拝(れいはい)はキリスト教の礼拝(れいはい)よりも仏教の礼拝(らいはい)に近いとも言えますね」
「『れいはい』と『らいはい』って違うんですか?」
「同じ字を書いても仏教では『らいはい』、キリスト教では『れいはい』と読むことになっているようです。まぁ、仏教の方が先にあるわけですから、『らいはい』と読む方が正しいのかもしれませんが、まぁ、どうでもいい話です。イスラームでも慣習的にサラーには『礼拝(れいはい)』の訳語をあてていますね。サラー・アル=ジュムアはサラーの前に説教が入るところはキリスト教のミサに少し似ていますね」
「それでミサみたいに礼拝の後でターバンを回して献金を集めてるんですね」
「いや、モスクにも献金箱が置いてあることはありますが、普通はおしつけがましく一人一人から集めたりはしませんね。ああ、そういえば私は見たことがありませんが、慈覇土君はアフガニスタンのモスクではターバンを回して献金を集めていた、と言っていました。垂葉君もアフガニスタンで見たんですね」
 俺は高2の夏休み、君府学院演劇部のロケでアフガニスタンに行った。その時、モスクを見学して、金曜の礼拝が終った後でターバンを広げた二人の男が人々の間を回っていたのを思い出した。あれは献金を集めていたんだろう。
「同じ金曜の礼拝でも国によってやり方が違うんですね」
「イスラーム法で決まっている部分は共通ですが、それ以外の部分では土地によってやり方が違いますね。語源的には同じような『人が集まる礼拝』という意味のサラー・アル=ジュムアと、金曜集合礼拝とサラー・アル=ジャマーア、集団礼拝の違いは法学的に決まっているのです」
「サラー・アル=ジャマーアは毎日5回モスクに集まって行う礼拝で、サラー・アル=ジュムアは金曜に説教の後でやるって、イスラーム法の決まりだったのですね」
「だいたいそんなところですが、正確には少し違います。ジャマーアの礼拝はモスクでやるとは限りません」
「モスクって、礼拝する場所ならどこでもモスクなんでしたっけ」
さっき、たしかそんな話をされた気がする。
「そうですね。語源的には額をつけて平伏する場所、『マスジド』が西欧諸語に入ってなまったものです。といっても今はモスクというと普通はドームがあって礼拝の呼びかけをする塔があったりする建物をモスクと言います。ただ、イスラーム法では建物としてのモスクについてはあまり論じられていません。たとえば、ドームにしても、マッカの聖モスクにはありませんしね。確かシャーフィイー派とマーリキー派には規定があった気がしますが。私もあまり詳しくありません。まぁともかくサラー・アル=ジャマーア、集団礼拝は、モスクだろうと自宅だろうと道端だろうと学校の階段の踊り場だろうと職場の会議室だろうと人が集まって礼拝すればそれで良い、ということです」
「じゃあ、サラー・アル=ジャマーアは集まってやる礼拝、サラー・アル=ジュムアはモスクに集まって説教を聞いてからみんなで礼拝する、ってことですね」
「まぁ、そんなところですが。もっと詳しく言うと、サラー・アル=ジュムアを行うモスクは普通のモスクではありません」
「モスクに普通のモスクと特別なモスクってあるんですか」
「特別なモスク、というわけではありませんが。サラー・アル=ジュムアを行う礼拝を『人を集めるモスク』という意味でマスジド・ジャーミウ、略してジャーミウと呼びます。はぁ、やっとこれで本題に入れます」
「本題って、先生がトルコに招待された理由でしたっけ」
「そうです。私がトルコに招待されたのは、サラー・アル=ジュムアに参列するためです」
「ああ、それで木曜に日本を出たんですね。あれ、でもサラー・アル=ジュムアなんてトルコではこれまでもずっと金曜日にやってたんでしたよね?なんで今頃になって金曜の礼拝に招待されたんですか」
「垂葉君は、イスラーム法学を知らないのはまぁ良いとして、本当に国際ニュースも読んでいないんですね。普通ここまで言えば、イスラーム法学を知らなくてもだいたい推測がつきそうなものですが」
「ひょっとしてアヤソフィアがどうかした、とかいう話ですか」

7.アヤソフィア

「そうです。頭には入っていなくても、ニュースは一応目にだけは入っていたようですね」
「アヤソフィアぐらいは知ってましたから。頭にだって残っていましたよ!」
 どうせ先生には抗議しても無視されるのはわかっているけど一応言っておく。
「確かもともとギリシャ正教の教会だったのをモスクに改装していたんですよね」
 俺はうろ覚えの知識を披露してみせる。
「その程度の理解だから、その記事を読んでも答えに辿り着かないのです。一知半解は正しい理解を妨げ誤解を増幅するだけです」
 やっぱり言わなきゃよかったか。
「ソフィアって、確かギリシャ語で『知恵』って意味でしたよね。英語の『フィロソフィー』の『ソフィー』って確かギリシャ語の『知恵=ソフィア』から来てるとか」
「そうです。ギリシャ語で『ハギア・ソフィア』、『聖なる知恵』です。コンスタンチノーブルをメフメト2世が征服して接収した時、それをジャーミウに変えてサラー・アル=ジュムアを行い、そこで説教を行いました。それ以来、ジャーミウに変わったキリスト教のハギアソフィア聖堂はトルコ風に訛って『アヤソフィアィ・ケビール・ジャーミイィ・シェリーフィ』、『聖アヤソフィア大ジャーミウ』と改称され、スルタンが金曜集合礼拝に参列するオスマン帝国で最も格式の高いジャーミウになったんです」
「それが今は博物館になってたんですよね。それをエルドアン大統領がモスクに戻したっていう話でしたっけ」
「モスクと言ってしまうと問題の本質が見えなくなります。だから先ほどからわざわざ耳慣れない『ジャーミウ』の語を使っているのです」
「ジャーミウは金曜日の特別な礼拝をするモスクでしたね。他のモスクより大きくて格が高いんですね」
「そういうフワフワしたことではありません。今の話で重要なのはジャーミウの二つの法学的規定です。垂葉君にも分かるように、学派による細かい相違などは端折って要点だけをお話しましょう」
「それで慈覇土伯父さんが先生をトルコに呼んだ理由が分かるんですね」
「まず第一はふだんの集団礼拝、サラー・アル=ジャマーアが、二人以上ならどこでやっても良いのと違って、サラー・アル=ジュムア、金曜集合礼拝は、町で一ヶ所だけで、町中のムスリムを集めて行うのが原則です。つまりモスクはいくらたくさんあってもかまいませんが、サラー・アル・ジュムアを行うジャーミウは町に一つしかありえないのです」
「そうなんですね。でも町に一つって大きな町だとどうするんですか?イスタンブールみたいな一千万都市でもそうなんですか?」
「シャーフィイーは『キターブ・アル=ウンム』で「町が広がり住宅が増え、大小多数のモスクが建てられたとしても、その一つでしかサラー・アル=ジュムアを挙行することは許されない」と述べています。まぁ、実際には大都市が増えたのでこの規定は現代では空文化していますけれどね。カイロなんかだと数十メートル毎に小さなモスクが乱立していて、金曜になると無数のサラー・アル=ジュムアが行われていました」
「そういえば先生、カイロに留学してたんでしたよね」
「5年ほど暮らしましたが、一度だけアズハル大学の神学部大学院教授だったディヤーゥッディーン・クルディー先生の死者の街にあるモスクでサラー・アル=ジュムアをやった後でズフルの礼拝をやったことがあります」
「ズフルって何ですか?」
「正午の意味です。日課の五回の礼拝の一つで、金曜のサラー・アル=ジュムアはズフルの礼拝の代わりに行います。だからサラー・アル=ジュムアの礼拝をすればふつうはズフルの礼拝はしないのです」
「じゃあなんでそのズフルの礼拝っていうのをやったんですか」
「私も不思議に思って尋ねてみたところ、彼のモスクがカイロでサラー・アル=ジュムアを行う資格のあるジャーミウである保証がないのでサラー・アル=ジュムアが無効な場合に備えて念のためにズフルの礼拝もしているということでした。確かにシャーフィイーは『サラー・アル=ジュムアが無効だった場合はズフルの礼拝を行う』と言っています。イスラームは現実がぐずぐずになっていても、志操堅固なイスラーム学者の間では理念はちゃんと生きていて本来の姿に戻そうとの復元力が働くのです。ちなみにこのディヤーゥッディーン・クルディー先生は翻訳が『アル=シャーフィイー師の道(学派)に則って宗教学を初めて学ぶ者の悦び』の邦題で日本でも出版されているムハンマド・アミーン・クルディー師の孫にあたります」
「そんな本出てるんですね。じゃあ今でも金曜の礼拝は町中の人が一つのモスクに集まってやった方がいいと熱心なイスラーム教徒たちは思っているんですね」
「そうです。だからアヤソフィア・ジャーミイでのサラー・アル=ジュムア、金曜集合礼拝にはそこらへんのモスクでやっているサラーアルジュムアとは違う特別な意味があるのです」
「町で一番のモスク、つまりイスタンブールで一番のモスクということですね!」
「そうです。ところで垂葉君、君府学院の名前の由来を知っていますか?」
「それぐらいは父さんから聞いて知ってます!もともとはコンスタンチノーブルの宛字で皇帝の住む都、帝都の意味でしょ?」
「その通りです。コンスタンチノーブルはローマ皇帝の帝都であり、メフメト二世がコンスタンチノーブルを征服してイスタンブールと改称してから後のオスマン帝国の君主パーディシャーはこのイスタンブールを首都としイスラームのスルタン・カリフであると同時にローマ皇帝として君臨したのです。だからイスタンブールはただの大都市ではなく君府、帝都、カリフの座であり、アヤソフィア・ジャーミイはムスリム世界の他のどの都市のジャーミウとも違うカリフの座のジャーミウなのです」
「アヤソフィア・モスクってそんなにすごいんだ。えっ、でもそれじゃ、メッカのモスクとかよりも上なんですか?」
「宗教的な重要性と、政治的な重要性は違います。宗教的な重要性ではマッカの聖モスクの礼拝は他のモスクの礼拝の10万倍の功徳があるとの言われています。そうした意味でムスリム世界で宗教的に格式が高いのは、一番はマッカの聖モスク、ついでマディーナの預言者モスク、ついでエルサレムのアル=アクサー・モスクの順になります。またイスタンブールの市内でも一番尊崇されており善男善女が詣でるモスクは、預言者の高弟アブー・アイユーブ・アンサーリーの廟があるスルタン・エユップ・ジャーミイです。帰国前に慈覇土君と二人でこのモスクに寄って礼拝した後、そばのピエール・ロティのカフェでトルコ珈琲を飲んできた話はしましたよね」
 さっきの話はこういう風につながっていたのね...
「アヤソフィア・モスクの格式はそれとは全く別の法学的、政治的理由からです。それがジャーミウの重要な二つの法学的規定の一つです」
「最初が、ジャーミウは町に一つしかなく、アヤソフィア・ジャーミウはオスマン帝国のカリフの帝都イスタンブールのジャーミウだということでしたね」
「そうです。第二の規定もそれに関わっています。ジャーミウとはサラー・アル=ジュムアを挙行できるモスクのことでしたが、サラー・アル=ジュムアが法学的に有効に成立するための要件の一つにカリフの許可があります。つまり、カリフが参列するジャーミウでのサラー・アル=ジュムアこそが文句のつけようのないサラー・アル=ジュムアであり、ムスリム世界の他のサラー・アル=ジュムアはその陰のようなものなのです」
「え、今カリフっていないんですよね。でもムスリム世界ではどこでも金曜日にはみんなで集まって礼拝してるんじゃないですか。先生もカイロのモスクで金曜集合礼拝に出たってさっき言いましたよね?」
「カリフの許可がないとサラー・アル=ジュムアが成立しない、というのはスンナ派でも通説というわけではないからです。カリフの許可が必要と考えるのはハナフィー派であり、他の学派でそう考える者は少数です。ハナフィー派はトルコ、インド亜大陸、中央アジアの多数学説です。オスマン帝国の公認学派もハナフィー派でした。だからオスマン帝国のカリフの呼びかけに最も積極的に応えたのがインドのムスリムのヒラーファト運動であり、カリフがいないとサラー・アル=ジュムアができない、というのは彼らのカリフ制擁護の論拠の一つだったのです」
「ああ、なるほどスンナ派の全員がそう思っているわけじゃないんですね」
 それで愛紗も金曜に人を集めて礼拝させたりしないのか。といっても愛紗はカリフを宣言してからもうかれこれ7年になるけど、相変わらずカリフの仕事と称してやっているのは道のゴミ拾いと結婚の仲人ぐらいのものだ。ザカー、つまりイスラーム教徒にかかる宗教税やジズヤ、異教徒への人頭税を徴収したりする方が、ずっとカリフらしいと思うが、あいつが何を考えているのかは、俺にはさっぱりわからない。まぁ、それで世間に迷惑をかけているわけではないので、俺も兄として放任しているのだけれど。
「重要なのは現在のトルコのエルドアン政権が『新オスマン主義』と呼ばれるオスマン帝国の賛美者で、サラー・アル=ジュムアの許可をカリフの大権だと考えるハナフィー派に属するということです」
「え~っと、どういうことでしょう?」
「ここまで言ってもまだわからないのですか」
「いや、初めて聞く話ばっかりですから。普通は分かりませんて」
「エルドアンはただ博物館をモスクに戻したわけではないのです。彼がアヤソフィアをジャーミウに戻して最初のサラー・アル=ジュムアに参列したということは、アタチュルクによってオスマン朝のカリフが追放されて以来初めて、帝都のジャーミウを再興し、そこで正当なサラー・アル=ジュムアを執り行う許可を下したということ、つまり自分こそはオスマン朝カリフの後継者だとの示威行為だったのです」
「エルドアンがカリフを名乗ってたんですか?」
「いいえ、今カリフを名乗るとイスラーム国のバグダーディーのように世界中を敵にまわして潰されます。だから分かる者にだけ分かるメッセージを伝えたのです」
「本当ですか?」
 この人は時々「自分は時の徴を読み解く者」とか訳のわからないことを言うので、なんでも鵜呑みにしてはいけない。
「ええ、そのためにわざわざ私が慈覇土君に呼ばれたのですから」
「慈覇土伯父さんもかかわっているのですか? イラン革命に影響されてアフガニスタンに行った慈覇土伯父さんがなんでエルドアンと関わっているのですか」
「私もトルコで久しぶりに慈覇土君に会って初めて聞いた話ですが、最初はイランに渡った慈覇土君はしばらくしてアフガニスタンのシーア派ハザラ人のムジャーヒィディーンのグループに加わってロシア軍と戦っていたのですが、スンナ派とシーア派のムジャーヒディーン同士の抗争に巻き込まれスンナ派組織につかまり、そこでアフガン・ジハードに参加していたトルコのナクシュバンディー教団の導師エミン・エル師に知り合ってスンナ派に改宗したそうです。アフガニスタンを出た後は、ナクシュバンディー教団のネットワークで北キプロスのハッカーニー支教団に身を寄せて主にヨーロッパで活動していました。それが最近になってハッカーニー支教団がエルドアンのカリフ制復興に呼応してトルコに集結し始めたので、慈覇土君もそれについてイスタンブールに移住したそうです。エルドアンは今、ナクシュバンディー教団とムスリム同胞団のネットワークを通じて世界中のムスリムにエルドアンがカリフに相応しいことを知らしめる啓蒙活動をしているのです。私もそのために日本からアヤソフィアのサラー・アル=ジュムアに招かれたというわけです」
 先生の話は9割5分まで分らないが、まぁ、いつもの話だ。分らない話も涼しい顔で聞き流していれば、分かるべき時が来れば分かる。...こともある、ことだけは7年間のつきあいで分っている。
「先生、日本のイスラームの代表になるような偉いイスラーム学者だったんですか?!」
「いいえ、他に人がいないだけです」
「...本当に身も蓋もありませんね...」
「真実はえてして身も蓋もないものです」
この人の辞書には「謙遜」の文字はないので、まぁ本当なんだろう。
「それで慈覇土伯父さんはエルドアンがカリフになると言ってたんですか」
「あせってオスマン帝国滅亡後100年の2022年までに国内でスルタンの威厳を備えて権力基盤を盤石にし、対外的にイスラーム世界の盟主としての名声をあげカリフに相応しい権威を得て、スルタン・カリフを宣言しようとしているけれど、それでは時期尚早で失敗する。だから無理をしないで、カリフの名前にはこだわらずに23年までの大統領の任期中には自他ともに認めるイスラーム世界のリーダーになる、との実だけを取って、23年に任期が終った時点で大統領は勇退し、OICに替わるカリフ事務局を立ち上げその事務局長に就任し、24年にナクシュバンディーの教胞の中からクライシュ族の出自のイスラーム学者のカリフを擁立して担いで、自分は事務局長としてスルタンの実権を握る、という戦略を取らせようとしている。慈覇土君は言っていましたね」
「その話、本当なんですか?で、先生もエルドアンがカリフになると思ってるんですか?」

8.エピローグ

「アッラーフアァラム。まぁ、慈覇土君は昔から夢想家、というか妄想家ですからね」
「でも、先生を王室の専用機でトルコに招聘できるぐらいなんですから、今はけっこう偉い人なんじゃないんですか」
「ただ便利使いされているだけです。三つ子の魂百まで、と言うでしょう。歳をとったからといって人は賢くなどなりませんからね。バカな革命家でも歳を取れば経験値を積むだろう、などという幻想を抱いてはなりません。バカは歳をとっても老いぼれて劣化していくだけです」
「王室専用機で海外旅行に招待してもらっておいて、よくそこまで親友をディスれますねぇ」
「そういうベタベタした関係ではないと言ったはずです。それに私は垂葉君をディスっているわけではありません、バカな老いぼれ革命家にも、神から割り振られた役割があります。人間の存在意義は宇宙の歴史が終わった後、最後の審判まで誰にもわかりません」
「バカな老いぼれ革命家、って、慈覇土伯父さん、これまで何をしてたんですか。っていうか、今何をしてるんですか?」
「おや、もうこんな時間ですか。今日も殆どテキストを読めませんでしたね。その話は、愛紗君が来てから改めて話しましょう」
「えっ、これから愛紗が来るんですか?」
「このアラビア語の講読の後に来てもらう約束になっています。慈覇土君からの託【ことづ】けを頼まれているのでね」
「慈覇土君から愛紗に伝言があるんですか?」
「垂葉君にはありません」
「そんなことは分ってます!どうせ僕なんか誰の目にも入らないアメーバにも劣る存在ですから。でも何で会ったこともない愛紗のことを慈覇土伯父さんが知っていて伝言まであるんですか?!」
「垂葉君は、カリフの意味が分っていませんね。私を監視しているのはアメリカのDIAとリヴァイアサンの連中ぐらいのものですが、愛紗君にはモサドやSVRだけでなくMITまで目をつけていますからね」
「SVR、MITって何ですか?」
「SVRはソ連のKGBが改組したロシアの対外諜報機関、MITはトルコの諜報機関です」
「それでそのMITを通じて慈覇土伯父さんも愛紗のことを知っているんですか?」
「MITだけではないと思いますけれどね。アッラーフアァラム。愛紗君が来るまでに私は礼拝をすませますので、垂葉君はそのカラキョイギョルのバクラワでも食べて待っていてください。もう一杯トルコ珈琲を入れますので」
 そう言って先生は席を立った。
 この後で俺は先生からイスタンブールで慈覇土伯父さんと会った話を愛紗と一緒に聞かされることになるのだけれど、それについては、インシャーアッラー、また別の機会に話すことにしよう。(了)


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