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第1回 一介の青年が山を買うまで

新連載「山を買う」がスタートします

世間で言われているように、ほんとうに日本の林業には絶望しかないのでしょうか。多くの山主さんが自分の山を愛せずに放置している状況を憂う著者は、ある日、山主になることを思い立ちました。悪戦苦闘の末、山を手に入れるまで。荒れ果てた山の開墾。自分の山で伐った木をお客様に届けるまでの試行錯誤…。トライ&エラーを繰り返すうちに見えてきたのは、オルタナティブな林業のカタチ。好きをつらぬけば必ず活路が見いだせる。ちょっと変わった働き方論の連載のスタートです。

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自己紹介

 こんにちは、イシタカと申します。 私は、神奈川県の西端に位置する山北町(やまきたまち)というところで生まれ育ち、妻および一匹の紀州犬と暮らしています。本連載の著者でありますが、その実態はそこらへんの田舎町に暮らしているただの青年に違いありません。

 山北町は面積の9割が森林でできていて、神奈川県の中でも多くの県民の飲み水を育む水源地域として認識されています。私は、そんな山深い田舎町で森林組合という林業の事業組織で働きながら、休日には個人的にも小さな林業に挑戦しています。地元の青年団や消防団、猟友会等に属しての課外活動、愛車の軽トラックに希望者を乗せて山北町内を案内して回るボランティアガイドも継続して行ってきました。

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 少し前に私は、山北町で約1ヘクタールの山を買いました。林業に携わっている方以外にはあまりピンとこないかもしれませんが、「山を買う」という言葉には二通りの解釈があります。一つは、山に生えている木々の伐採権を売買によって取得すること。もう一つは山の土地そのものの所有権を売買によって取得することです。私がここで買ったのは山の土地そのもの所有権です。つまり、山の所有者(山主)になった、ということになります

 山主が山を所有する目的は多くの場合、林業経営を行うためです。林業経営とは、ざっくり言うとその土地に木を植えて、育てて、伐採して収穫し、稼ぎを得ることです。当然ですが採算がとれなければ事業として成り立ちませんから、木を植えてから収穫するまでにかかる費用と収穫した木の売上げとのバランスは山主にとって大きな関心事になります。

 収穫するまでにかかる費用は近年、林業技術の効率化によって下がっている傾向にありますが、嘆かわしいことに市場で木材が取引される金額も一緒に下がってきてしまっている現状がありますそうなると、林業経営を行う山の条件によっては採算がとれないこともあり、事業を放棄せざるを得ない山主が現れます。そのようなことは日本のあちこちで実際に起こっています。人の手で木が植えられた山を何もせずに放っておくとほとんどの場合荒廃してしまうので、結構ヤバい問題だったりします。

 仕方のないことだと思いますが、私に山を売ってくださった方も林業経営を放棄したひとりでした。その方の山は、手入れをしなくなってからかなりの時間が経っていたので、手軽に人が入り込めるような状態ではなく、倒木やツル、雑草などでボサボサになったいわゆる「ボサ山」の状態でした。隣接する土地に木が倒れてよそ様に迷惑をかけるなんてことも頻繁にあったようです。これをきれいな状態に整備するには途方もない手間と時間がかかる上に、何もしなくても毎年税金がかるので、売主さんにとっては完全にお荷物状態の土地だったわけです。

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 私は今、ゆずっていただいたそんなボサ山を「イシタカ山」と名づけ、自力でコツコツと整備しながら小さな林業に挑戦しています。この時代にボサ山で林業をやって稼ぎを得るなんて簡単なことではありませんが、知恵を絞ってカラダを動かせばどこかに活路を見いだせると思っていますし、わりと希望を持って楽しく取り組んでいます。まだ大した成果を出せたわけでもないので大げさなことは言えませんが、それまで「お荷物」らしかった山は今、私の目には確かに宝の山に映って見えます。



林業は尊い産業である

 私は、林業という産業はけっこう尊いものだと思っています。山は多くの場合、特定の誰かの所有物なのですが、おもしろいことにその山の在る姿は不特定多数の人の利害に関わっています

 例えば、丁寧に手入れされた山はたくさんの雨水を蓄えるので、下流にいる誰かに対して長期的に豊富な飲み水を恵むかもしれません。反対に、傾斜のきつい「はげ山」は大雨が降ったときに大規模な土砂崩れを起こして災害をもたらすかもしれません。また、山は動植物が繁栄するための場所や私たちが自然と触れ合える場所を提供しています。

 林業が尊いものだと感じるのは、山という特定の誰かの所有物に手を加えることがその人だけの利益を超えて広く影響してくる点にあります。まだまだ経験は浅いですが、私はそのような産業に少しでも関わることができて素直に嬉しいと思っています。


情報発信の必要性 

 あるとき、ボケっと眺めていたYouTubeで誰かが次のようなことを言っているのを耳にしました。「どんなに尊い行いをしていても、情報発信をしなければ何もしていないのと同じである」

 すごく意識が高い感じで、人知れず健気に自分の役割をこなしている人々を否定するようにも聞こえたので、それを耳にしたときは「そんなはずはない!」という拒否反応と、「なぜそこまで断定するのだろう?」という疑問が相まってモヤモヤとした感情が生まれました。と同時に、尊いことをやっている自覚があるにも関わらずまともな情報発信をしていない自分の姿がありありと映し出されてしまいました

 今考えるとその言葉は、情報発信の有効性を伝えて私のような人たちを奮起させるためのものだったと分かります。情報発信をすることでその人の取り組みが広く認知されるようになれば、あらゆることがポジティブな方向に転じるのはなんとなく想像がつきます(一方で、払うべき代償も少なからずあるとは思いますが)。とくに、ネガティブな話題の絶えない林業の世界でそれを進んでやっていくことは優先順位の高いことであると直感しました。
で、私は自分のやっていることをきちんと広く伝えていく必要があると考え、主にTwitterを通じて情報発信を行うようになりました。


NEO林業家を名乗る

 自由にいじれる山を手に入れてから、私はさっそく「林業家」を名乗ることにしました。実績など皆無の状態でしたが、単なる山を持っている人でいるのではなく、そこで生産的な活動をし、継続的に稼ぎを獲得していく意識と気概を自分自身に示したかったからです芸術家や起業家といった言葉と同じで、林業家という言葉には明確な定義が無いようなので私が名乗ったところで誰も怒る人はいないでしょう。ただ、林業家という言葉はどこか味気なく、パンチがきいていないので肩書きとしての使いにくさを同時に感じていました。

 私は今「NEO林業家」を名乗っています(笑)。自分で名乗っていながらすこし笑ってしまうのは、どこか胡散臭い感じと自分を実力以上に大きく見せてしまっている感じが内包されていることに気づいているからです。でも、NEO林業家という肩書きは自分のプロフィールを華やかにするための文句なので今後もブレずに使って行きます。たとえ「胡散臭い」とか言われても、発信者としての自覚がある以上は、自分の存在を認知してもらうこと、気に留めてもらうことが重要であるからです。 

 ちなみに由来ですが、たまたまTwitterのタイムラインに流れてきた「仮想通貨NEO」という言葉だったと思います。AKIRAの舞台である「ネオ東京」という言葉にも少なからずインスパイアされています。勢いで作ったわりには調子の良い語気だと思いますし、林業の世界で革新的な何かを起こしてくれそうな感じがするところも好きです。新しく林業経営をはじめた参入者としていつまでも初心を忘れないこと、新しいことに挑戦する姿勢を持ち続けることを心得ていきたいと思います。

 また、自分の山を手に入れたことによってあらゆる林業の手法を試すことができるようになりました。誰もが進んでやりたがらないようなこともあえてやってみたらどのような結果が生まれるのか?という検証もどんどんやっていきたいと思います。

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こんな林業家になりたい

 日本の林業は、一言では語れないほど多くの問題を抱えています。特に「木材価格の低迷」はその中心にある問題です。現在より数倍も高い金額で木材が取引されていた時代を知っている山主が「やってられない」と嘆くのも当然のことですが、この人口減少社会において、今後木材価格が飛躍的に向上することはないと考えられています。

 となれば、木材価格の変動に一喜一憂しなければならない事業構造から脱却した、柔軟で力強い林業のやり方を考えていかなければなりません。

 林業経営の出口はだいたい、山で伐採した木を市場に運ぶところまでです。つまり、丸太の状態で売るところまでが林業であるというのが一般的な考え方なのですが、そこで取引された丸太が丸太のまま消費されることはほとんどありません。だいたい製材されて柱や板になったり、ベニヤやチップ、木工品などに加工されたりして使われていきます。

 木材産業の長いバリューチェーンの中で林業が担っているのは川上のほんの一部分に過ぎないので、一本の木が加工され、流通経路をたどり、河口でそれなりの売上げになったとしてもその木の元々の所有者である山主の取り分はほんのわずかになってしまうわけです。

 ここまで聞いてお気づきの方もいるかもしれませんが、木材産業の世界で一番強いのは「山と製材所を持っていて、発信力のあるきこり大工さん」みたいな人です(笑)。川上から河口までの事情を全部知っていて、ひとりでやっちゃってるみたいな。それは極端な例かもしれませんが、守備範囲が広いほど木材価格の変動に影響されにくいというのはある話だと思いますので、川上を担っている人ほど河口方面に歩み寄っていく努力は必要なのだと思います。

 私がやりたい林業は、平たく言うとそのようなものです。自分で伐った木を加工してユーザーに直接届けたいです。現状では製材所もなければ立派な機械も持っていないので、できることはかなり限られていますが、どんなに規模が小さくてもそのような考え方に基づいた林業経営はきっとできるはずです。機械がなければ、人力でもできることの中で作業をすればいいわけですし、木が物理的に重たくて運ぶのに困るのであれば、1円あたりの重さを軽くする加工方法や販売方法を考えればいいのだと思います。

 今回私が取得した山は前述した通り、経済活動をする山としては目も当てられないようなボサボサの状態でした。一本伐れば数十万円で売れてしまう立派な木がゴロゴロしているような山(そのような山は所有しているだけでもお金が入って来ると思います)ではありません。でもそんな状態はむしろ、今の私にとっては好ましいのかもしれません。自分自身が知恵を絞ってカラダを動かさざるを得ないからです

 幸い、私は自分で木を伐ることが出来ます。自分で伐った木をできるだけ高く買ってもらえる方法を考え実践していくことが私のやるべきことだと思います。本連載ではこれから、「NEO林業家」としての日々の実践の中で自分なりに得たものを皆様と共有していきたいと思っています。何卒よろしくお願いいたします。 

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《次回に行く》


イシタカ
28歳のきこり/山主。神奈川県の水源地域、山北町で取得したボサ山を自力で整備しながら副業自立型の小さな林業を実践・発信していきます。林業、気安くオススメはしませんが格好いいところ見せたいとは思います。twitter ID:@ishidatakahisa


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東京・神保町にある、文学・芸術を中心とした書籍と各種学校案内書を発行する出版社です。犀🦏のマークが目印です。

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