宮崎智之「モヤモヤの日々」連載200回記念対談(前編)――「凪を生きる」「朝顔観察日記シリーズ」等々、印象深い回を一挙紹介!

宮崎智之「モヤモヤの日々」連載200回記念対談(前編)――「凪を生きる」「朝顔観察日記シリーズ」等々、印象深い回を一挙紹介!

毎日更新*の夕刊コラム「モヤモヤの日々」(晶文社スクラップブック)が話題になっています。著者の宮崎智之さんは、昨年12月に『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を上梓。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめ、犬と赤ちゃんを愛で、「平熱」の中からクリエイティブを発信する、混沌とした新時代における注目の書き手です。 *土日祝日を除く平日17時に更新。

去る10月19日、「モヤモヤの日々」連載200回を記念したトークがYouTubeライブで配信されました。連載を印象付ける回や思い出深い回、裏話まで、当連載の編集担当である吉川浩満がじっくりと伺いました。その一部を加筆・再構成し、2回に分けてお送りします。

前編

宮崎氏が登場――今日はどこか違うが……?

吉川 「モヤモヤの日々」が、ついに本日200回に到達しました。

宮崎 ありがとうございます。

吉川 皆さんの支持がないと続けられませんからね。

宮崎 まさに。平日毎日17時に公開、そして僕が愚鈍さゆえにストックをまったくつくらないリアルタイムでの連載になってしまったので、いろいろな方から「大丈夫なの?」「よくやっているね」と言われています。吉川さんにはご心配をおかけしてしまっているものの、僕自身は途中で書けなくなる不安はなかったんです。なんなら朝刊も書けるかな、と思うくらい(笑)。一番心配したのは心が折れること。暖簾に腕押しというか、反響がないことが一番心配でした。でも、読者の方が熱心に読んでくれて、いろんな連載してきましたけどこんなに反響が多い連載は初めてです。

Twitterに「#モヤモヤの日々 」のハッシュタグをつけて読者の皆さんが暮らしている中で気づいた日々のモヤモヤを投稿していただいたり、連載で紹介した本を買って読んでくださる方がいることを知ったりとか。そうやって自分の文章が読者の方の人生や生活に入っていけるっていうのは、すごくうれしいですね。

吉川 そうですね。さて、まずは今日の宮崎さんの装いにご注目ください。「モヤモヤの日々」で書いていたいろいろなことにチャレンジしてくれています。視聴者の皆さん、お分かりになりますか? お! YouTubeのチャット欄にコメントをいただいていますね。黒マスクと、マスクチェーンと、スティーヴ・アオキのブルゾン。すごい、すべて正解です。

宮崎 よく分かりましたね。当たった方には何か贈りたいくらい。

吉川 「宮崎智之マグネット」でも贈りますか。

宮崎 マグネットですね。ずっとモヤモヤしているんですよ、観光地のマグネットに(笑)。

「第196回 観光地のマグネット」――お土産屋で不遇な扱いを受けているマグネットを、人ごとだと思えない宮崎。つい買って帰ってしまうが、そんな宮崎を見た妻や友人に行動が伝染してしまい、家の冷蔵庫がマグネットまみれになる。

作中にも出てくるキューバで買ったヘミングウェイのマグネットが、これです。めちゃくちゃ磁力が強くて、なかなか取れないんですよ。ちなみにアーネスト・ヘミングウェイの代表作に、キューバを舞台にした『老人と海』があるわけですが、現地では尊敬の念を込めて「パパ・ヘミングウェイ」と呼ばれていました。

こちらは、民芸品売り場で買ったチェ・ゲバラのマグネット。自重にすら耐えられず落ちて欠けてしまいました。自重にも耐えられないって相当ですよね。あと連載で書いたのは、ルート66のマグネット。ジャック・ケルアックみたいな、僕がおおよそ行かないところなので、これは友達が置いていったものです。

吉川 ヘミングウェイだけ顔圧からしていかにも磁力が強そうですね。

宮崎 Twitterで毎週土曜21時(原則)から開催している「週刊モヤモヤの日々」でも話したんですけど、これはヘミングウェイ博物館で買ったやつなんです。やっぱり公式グッズなので、レベルが高いんだと思います。一方、チェ・ゲバラはその辺の路上で買ったやつ。粘土か何か作っていて、マグネットが接着剤で留められていますけど、これもやっぱり愛おしいんですよ、僕にとっては。

吉川 粘土に接着剤。普通のお土産物のマグネットとはまったく構造が違いますよね。

宮崎 僕がマグネットだったら、自重に耐えられなくて落ちるタイプだと思うんです。なので、こいつはもう僕の友達というか。家でもこうやってヘミングウェイの上に乗せて冷蔵庫につけていています。

吉川 磁力の強いヘミングウェイに支えてもらえれば大丈夫そうですね(笑)。

宮崎 「宮崎智之マグネット」をつくってもいいのですが、まったく売れずに在庫が余ってしまったら可哀想すぎますよね。そうなったら、まさにジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』ではないですけど、ふたりで売り歩きましょう。ちょうど柳瀬博一さんの『国道16号線「日本」を創った道』(新潮社)がベストセラーになっていますし、国道16号線沿いを歩きながら。国道16号線は、僕の地元・東京都福生市を通っているんですよ。そこで売り切らなければ、もう諦めたほうがよさそうです(笑)。

何かが変わる前の静寂――「凪を生きる」に託された意味

吉川 私のなかで、思い出深いコラムがあるんです。それが「凪を生きる」

「第165回 凪を生きる」――父の実家があった愛媛で、「凪(なぎ)」という言葉を耳にする。瀬戸内海などの内海でたびたび発生する自然現象だが、凪の静寂の中ではさまざまなものが宮崎少年の前にくっきりと姿を現す。この連載の役割を印象付ける、重要な回。

宮崎 バズ(ツイッターでの話題性)を狙ったものでは確実になく、どちらかというとエンターテイメントとして楽しんでもらえる今回の連載の文章の中では、割と真面目な回です。

吉川 これは非常によくできた随筆だと思っています。まず吉田健一という文学者の話から入るんです。随筆「何も言ふことがないこと」(筑摩書房『言葉といふもの』収録)からの引用で、次の文章から始まります。

「(…)我我が眼を開かれて知るのは、我々が前から知つてゐたことであり、ただそれまではさうであることだつたことがそれからはさうでなければならなくなる」

この回はすごく高度なテクニックが隠されていて、吉田健一の引用の後に、パッと愛媛県の話に飛ぶ。そこで「凪」という言葉との出会いの話になり、そして子どもの頃に経験した凪と吉田健一の言葉が最後に繋がっていく、という流れです。

宮崎 幼少の頃は「凪」と聞いて何のことが分かってなかったんですけど、あの時の感覚はすごく覚えていて。穏やかじゃないですか、風がないって。でもね、妙な緊張感が漂っているんです。あの張りつめた静けさがすごく印象深くて。吉田の作品で「あることだつたことがそれからはさうでなければならなくなる」という言葉に接したときに思ったのが「凪」なんですよね。

凪はただの静寂、沈黙ではなくて、「何かが変わる前の静寂」なんですよ。自分にとって大切な何かが起きる時、大切な考えが芽生える時、妙にしんとした雰囲気になる。そういうことを「凪を生きる」という言葉に託しています。凪を経験したことがない人もイメージが湧くように書いたつもりです。この文章は、前著『平熱のまま、この世界に熱狂したい』で書いたものリライトし、吉田健一の引用箇所などを加筆しました。

執筆したのは、緊急事態宣言時でした。情報が氾濫し世間や社会が騒がしい中で、自分の中の凪を生き、風向きを読む。あるべきものあるべきものとして認める。存在するものとして認識する。そういうことが非常に重要なんじゃないかと思うんです。

吉川 この連載は200回を迎えましたが、今のところ全体としてひとつイメージを出すとしたら、「凪を生きる」ですよね。このコラムがあることで他のコラムの見え方も変わってくるのではないでしょうか。

チャット欄でコメントもいただいています。メグロのナポリタンさんが「モヤモヤの日々は退勤中の電車で読む事が多くて、仕事とプライベートの切り替え(凪)で読んでます」と。

宮崎 ありがとうございます。記事は日中に入稿していますが、書きながらいつも、読者の方が読むのは公開時間の夕方17時以降ということを常に考えています。仕事が終わり帰路の電車に乗っている時間、まだ退勤はしていないけど外出先から帰ってきてフゥってなるタイミング、息抜きにスマホを開いてみる時間、そういう景色を想像して書いています。

朝顔観察日記シリーズと、東京の青い朝

宮崎 僕の中で個人的に思い入れがあるのが、「朝顔観察日記シリーズ」。意外や意外、読者の方からの受けもいいという。言葉だけの連載で、朝顔の画像が出てこないのに。

「朝顔観察日記シリーズ」――朝顔を育て、観察することに並々ならぬ情熱を持っている宮崎。第156回では、二代目シリーズがスタート。一代目が強風で崩壊した2021年夏、宮崎は二代目朝顔の種を某通販サイトで購入する。

吉川 なんだか朝顔が発芽して、花が開く様子を実際に見ているような感じがするんです。初めに連載の中でやっていた「朝顔観察シリーズ」が不慮の事故で終了し、二代目シリーズが始まったんですよね。

宮崎 以前、朝顔を育てていたときも崩壊してしまったのですが、なんとか土をプランターに入れ直して開花まで漕ぎ着けました。でも、今回の崩壊は、文明の崩壊みたいな様子を呈していたので新しく植え替えたんです。某通販サイトで再度、種を購入しようとしたところ、届くのに時間がかかる。しばらくサイトを漁っていたら「ブランド朝顔」を発見しまして。

そのブランド朝顔は「団十郎」と「ヘブンリーブルー」いう名前なんですけど、それはなぜか翌日に届くというので、まとめて全部ポチりました。先にブランド朝顔が届いたのですが、ブランドじゃない朝顔に対して不公平な気がしてしまい、全部揃ってからいっぺんに植えようと思ったんです。そしたら結局、「ヘブンリーブルー」は発芽もせず、キノコが生えてしまったんですよね。やっぱり種をまく時期が遅かったようで。

吉川 ほう。

宮崎 キノコって暗くてじめじめしているところに不格好に生えるイメージがあったのですけど、笠の小さいスラリとした、育ちの良さそうな上品なのがポツンと生えまして。それをネタにしようと思い3日後ぐらいに改めて見たら、なくなっていたんです。キノコ消滅事件。「象の消滅」か「キノコの消滅」かっていう村上春樹みたいな話ですよ。朝顔日記は、種を収穫するところまで続けるつもりなんですけど、なにせ二代目は発芽が遅かったので。

吉川 ちゃんと収穫できるかどうか楽しみですね。あと、二代目・朝顔観察日記では、東京の街が早朝、青く見える話もありました。

「第198回 二代目・朝顔観察日記(7)」――中原中也に関する評論の仕事が忙しく、徹夜続きだった宮崎。明け方まで仕事をし、朝顔に水をやってから眠る日々が続いていた。ある朝、朝顔に水をやろうとベランダに出ると、東京の街が青いことに気づく。

宮崎 青空の青じゃなくて、ビルの反射の色なのか、都会独特の青さなんですよね。漫画『ブルーピリオド』(山口つばさ著、講談社)で、主人公が早朝の渋谷の街が青く見えることに気づいたけど、他のみんなには分からないという描写があって。僕は渋谷から徒歩15分ぐらいのマンションに住んでいます。確かにね、早朝の東京は青く見えるんですよ。

妻は大阪の郊外出身で、妻にこの回を読んでもらったら、「私も東京に来てから、初めて都会の朝が青いこと知ったんだよね」って言われて。なるほど、やっぱりそう見えるんだなと思いました。僕は中原中也で昼夜逆転している時に詩的な感性がパワーアップして、ようやく青が見えるようになったのかもしれない。いや、でも勘違いかもしれない。なにせ寝不足だったから(笑)。

後編に続く)

(文・山本莉会

東京・神保町にある、文学・芸術を中心とした書籍と各種学校案内書を発行する出版社です。犀🦏のマークが目印です。