宮崎智之「モヤモヤの日々」連載100回記念対談(前編)――連載への思い、読みどころから裏話まで

毎日更新*の夕刊コラム「モヤモヤの日々」(晶文社スクラップブック)が話題になっています。著者の宮崎智之さんは、昨年12月に『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を上梓。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめ、犬と赤ちゃんを愛で、「平熱」の中からクリエイティブを発信する、混沌とした新時代における注目の書き手です。 *土日祝日を除く平日17時に更新。

去る5月24日、「モヤモヤの日々」連載100回を記念したトークライブがYouTubeライブで開催されました。連載の読みどころや執筆するうえでのこだわりについて、当連載の編集担当である吉川浩満がじっくりと伺いました。その一部を加筆・再構成し、2回に分けてお送りします。

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平日毎日更新の夕刊コラム 実は「当日執筆」

宮崎 バタバタしてタクシーに飛び乗ってきました。到着が開始15分前になってしまいました。コロナ禍になってから、夜の時間に外に出るのは久しぶりだったんですけど、意外に混んでるんですね。

吉川 今日はタクシー、大丈夫でしたか?(笑)

宮崎 今日アップした「怪談タクシー」ですね(笑)。

※「第101回 怪談タクシー」――タクシーに乗り、無事自宅に到着した宮崎。1,060円の会計に対し、宮崎が出したのは1,110円だった。運転手は宮崎に「お客さん、これ100円ですよ」と何度も静かに繰り返す。困惑した宮崎は……。

今日のタクシー運転手はすごく親身な方でした。僕が汗を垂らしながら急いで入ってきたのを見て、「間に合いますよ。出版社ですよね」と言ってくれて。神保町あたりに詳しい方だったみたいです。

吉川 急いでくださったんですね。大丈夫ですよ。万が一少し遅れても、それも次回のコラムのネタになりますから(笑)。

宮崎 僕、待ち合わせもそうですけど、原稿の〆切に遅れることが少ない自信があって。でも、40歳手前になって見込みが甘くなり、原稿を落としはしないけどドタバタするようになってしまいました。この連載始めるときに「余裕ですよ」って言ってたけど……。平日毎日更新なので、「さすがにストックあるんですよね」ってよく聞かれるんですが、あったのは最初だけですよね。

吉川 そうですね。本当に初めの数回だけ。

宮崎 裏話をすると、「モヤモヤの日々」の連載は、当日の13時が締め切りなんですね。けど最近は13時くらいに、「まだ書いてません」って吉川さんに言い訳の連絡することがほとんどで。いくつ言い訳の種類を持ってるのかって感じなんですけど。

吉川 (笑)

釣りタイトルはつけない 往年のコラムにあった「小粋さ」

宮崎 この連載は、僕がかねてから「平日毎日更新のコラムを書きたい」と企画を温めてきたものです。吉川さんが晶文社の編集に加わるとお聞きして、こんなのはどうかと提案したんです。

僕、昔から新聞コラムが好きで。特に大正時代に薄田泣菫が書いていた『茶話』とか、吉田健一の『乞食王子』とか、そういうのが好きだったんです。こんなイメージでやりたいなと、実は20代後半くらいからこの企画を温めていました。

吉川 そうだったんですね。

宮崎 ただ、「毎日何かを書く」ことをされているブロガーの方っていっぱいいますし、プロでやられている方も当然いらっしゃる。「僕が毎日書くことに意味はあるのか」とか「大した企画じゃないのかも」と疑心暗鬼になっていたんですけど、吉川さんに「すごくいいですよ」と言ってもらい後押ししてもらったところはありました。

吉川 まさに同じく『茶話』をイメージしていました。私の個人的な感覚なんですけど、がっつり読めるようなものよりはあっさりした話が好きで。いわゆる「ものすごくエモいもの」「バズるもの」は読まれがちだけど、そうじゃないのが良かったんです。

宮崎 そうですね。『茶話』と似ているところでは、あっさりしたタイトルもありますよね。「モヤモヤの日々」だと、例えば「偉い犬」「管理人さん」とか。タイトルだけではクリックされづらくPVを稼げない。そんなタイトルをあえてつけています。

※「第28回 偉い犬」――愛犬ニコルにはできるだけのことをしてやりたいと思っている宮崎。ニコルの社会性向上のために近所のドッグホテルに定期的に通わせているが、あるときホテルから「他の犬の教育係として、ニコルちゃんに来ていただきたい」と申し入れがある。

吉川 うん。

宮崎 釣りタイトルは簡単につけられるけど、そうじゃない。「怪談タクシー」より「タクシーに乗ったらお釣りで揉めたワロタwww」みたいなものの方が、クリックはされますよね。

吉川 (笑)

宮崎 タイトルと合わせて読むと味わい深くなるようなやり方って、雑誌にはまだあるはずなのにウェブにはなんでないんだろうって思っていたんです。雑誌や昔の新聞でやっていた小粋さとか、みなまで言うな的な感じのことを出したくて、こうしています。

当連載でいうと、「サイン」とか「ルーティン」「洋式トイレ」とか。読んでみたら意外と違うところに連れて行かれる体験をしてもらいたいんですよね。

※「第12回 サイン」――味のあるサインを書きたい宮崎。あるとき、自著の登壇イベントで一緒になった作家の爪切男さんがサインの代わりに角印を押しているのを見て、自分も角印が欲しくなる。

吉川 『茶話』で言うと「父と子」、「酒」ですね。

宮崎 あと、この連載が決まったとき、noteでやるかスクラップブックでやるかの議論がありました。そこで僕は、ウェブメディアであるスクラップブックでの連載にこだわったんです。

もともとSNSのバズを求めている企画ではないので、カチッとしたフォーマットを覚えてもらうことが大事だと思っていました。そうじゃないと読者がつかないだろうな、と思っていたんです。そこで、SNS対応されているnoteではなく、スクラップブックで連載することにしました。

最初にスクラップブックを見たときに、正直びっくりして。今時いい意味ですごいなこのサイト、って思いました(笑)

吉川 そうなんですよね(笑)。

宮崎 著者が手書きで名前書いてるところとか、バックナンバーが遡りづらいところとか、今時のサイトで珍しいですよ。ある意味不便さが味になってる、不思議なサイトなんですよね。ずっと、僕が求めていたことをネットでどうやればいいかわからなかったけど、スクラップブックを見た瞬間、「これが答えなんじゃないか」って。カチッとしたフォーマットで定型的なことをするみたいな。

吉川 あぁ、本当ですか。ありがとうございます。

コロナ禍のネタ不足 キューバが救世主に!?

宮崎 執筆に関して言えば、僕は筆が早いんです。ネタさえあれば書けるタチで、この連載だと、1000文字を20分で書いて、10分で推敲する感じ。

ただ、問題はネタでして。やっぱりコロナの影響って大きく、普段は会合や飲み会へ行けばいくらでもモヤモヤできるし、ちょっと街に出ればモヤモヤを拾って来られるのに、今はそれができなんですよね。

犬と赤子と遊ぶか、世話するか、家で原稿書くか、本読むかみたいな生活を送っているので、マンションの管理人さんの話まで書くことになってしまう。後から振り返ると、僕の行動範囲の狭さがよくわかる連載になっていると思います。

吉川 古井由吉先生じゃないですけど、「作家は書くことがなくなってからが勝負だ」と、僕は思いますよ。

宮崎 大先生すぎて恐縮です……(笑)

吉川 「モヤモヤの日々」では、宮崎さんの行動範囲の狭さが時代を感じさせるし、その狭い中で宮崎さんが感じた楽しみとか悲しみとかが描かれているわけですけど、急に過去の思い出話でキューバ行ったりするのもいいですよね。例えば「英雄・コービー」。これは傑作ですよ。

※「第78回 英雄・コービー」――キューバのハバナで出会った民芸品売りとの思い出が、亡きNBAのスーパースターのエピソードと共に語られている。

宮崎 僕、実は海外旅行が苦手なんですよね。

吉川 あんまり海外行きそうに見えないですよね。

宮崎 一方、妻は海外旅行好きで、新婚旅行でキューバに行ったんですよね。当時は、観光目的で行った僕たちはメキシコ経由かカナダ経由で入ることになり、そうなると実は結構遠いんです。

吉川 マイアミから入るほうが絶対近いですよね。

宮崎 帰りもカナダ経由で帰国する予定だったんですけど、ハバナの空港が日本では考えられないユルさで。空港に麻薬犬がいたんですが、僕たち観光客にお腹見せてくるんですよ。

吉川 ははは!(笑)

宮崎 他の国ももちろんですけど、社会主義の国は麻薬とかそういうのには厳格らしくて。厳しく取り締まっている印象を受けたので大丈夫だとは思うんですけど。犬が(笑)

吉川 犬までゆるい(笑)

宮崎 キューバ、すごくいい国なのでぜひ行ってほしいですね。音楽も有名で、ドギュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』もいいですよね。おすすめです。

後編に続く

(文・山本莉会